コンチネンタル航空 - Wikipedia
コンチネンタル航空 (コンチネンタルこうくう・Continental Airlines)はアメリカの航空会社。2010年10月、ユナイテッド航空と経営統合した[1]。
2007年現在、有償旅客マイルにおいて世界で4位の規模を誇る[3]。現在のキャッチコピーは"Work Hard, Fly Right."。 本部はアメリカ合衆国テキサス州ヒューストン市。国際線は、カナダ、中南米、欧州、日本、中華人民共和国、香港、インドへ就航している。 ヒューストン・ニューアーク(ニューヨーク)を拠点とした中米・カリブ海方面の路線に非常に強く、全米でも最大級の本数を運航する。
本社・ハブ空港はヒューストンだが、ニューアーク国際空港もそれに次ぐ規模を持つ大型ハブ空港である。これは、1987年にニューアークをハブとして東海岸路線に就航していたピープル・エキスプレスを買収した際に得た権利がそのまま引き継がれているものである。
グアムをベースにハワイ、ポリネシア、ミクロネシア、オーストラリア、東南アジアを結んでいたミクロネシア航空と統合した、コンチネンタル・ミクロネシアが運航していた。
なお、ノースウエスト航空が出資していた関係もあり、スカイチームの前身のひとつであるKLM-ノースウエスト連合に参加していたことや、コードシェア便を運航するなど、同社との関係は特に深かった(ノースウエスト航空はコンチネンタル航空の議決権を左右する株式、通称・ゴールデンシェアを保有していたが2008年4月に同社はデルタ航空との合弁を発表し100ドルでその権利をコンチネンタル航空に売却した)。
[編集] 社風
同社の特徴として、社内情報の徹底的な公開を行なっているという点が挙げられる[4]。本社・支社および空港の同社事務所には、アメリカ国外も含めた全ての部署に「Go Forward Plan Board」と称される掲示板が設置されており、前日の定時到着率、搭乗率、手荷物の紛失件数、さらには社内の大きな出来事[5]などが掲示されている。またエレベーターホールなどのように、待ち時間が生じるような箇所では、電光掲示板や液晶ディスプレイなどが設置されており、定時到着率・搭乗率・株価情報などが流されており、1分程度で同様の情報が得られるようになっている[6]。これらの情報公開により、どの社員でも会社が現在どのような状況になっているかが分かるようになっている。また、社内伝達事項は毎日メールで送信されるほか、毎週金曜日には各社員の電話に会社についての情報をCEO自らメッセージを録音する「ボイスメール」というシステムも採用されている[7]。これらのことから、アメリカ同時多発テロ事件後のレイオフ(一時帰休)や賃金一部カットの際には、経営陣が考えていたよりも労働組合との交渉は順調だったという[7]。
同社では部長職以上には個室が与えられるが、個室のドアは在席中は開けたままにしておくことになっている[8]。これは1994年に同社社長に就任したゴードン・ベスーンが考えたことで、経営陣と社員のコミュニケーションを容易に図ることが出来るようにするためという。
特徴的な社内制度としては、後述する定時到着ボーナスのほか、無遅刻無欠勤の社員に対しては半年に一度、抽選でフォード・エクスプローラーの特別仕様車が贈られるというものがある[7]。
[編集] 創業期
ウォルター・T・ヴァーニーとルイス・ミューラーによって、「Varney Speed Lines」として1934年に設立されたのが始まりである。1934年7月15日運航開始された時点では、コロラド州プエブロとエルパソ、テキサス州サンタフェ、ニューメキシコ州アルバカーキとラスベガスを結ぶ路線であった。1937年7月1日に社名を「コンチネンタル航空」に変更し、同年10月には本社をエルパソからデンバーに移転した。
1953年12月10日にはパイオニア航空と合併、テキサス州とニューメキシコ州の16都市に新たに乗り入れた。1957年にはシカゴとロサンゼルスを結ぶ路線で「Gold Carpet Service」を開始した。1959年6月8日には、コンチネンタル航空初のジェット旅客機としてボーイング707-120の運航を開始。ボーイング707を週7日、1日16時間運航に充当するべく、当時としては革新的かつ進歩的なメンテナンスプログラムを導入している。
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